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よじまる 本、本屋のこと又はいろいろ思う事
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 変な事件の為、横道に大きくそれてしまった感がある。やはり本を紹介したいのである。今回は涙があふれた本。
私が30代終わりに出会った鈴木秀子氏の1冊。
本文にこんな一節があります。「死が近づいている病人が元気を取り戻し、あたかも回復したかと思われる時があります。その間に、病人は、し残したり、言い残したり、したいと思っていたことをなし遂げることがあるのです。私たちはこの時間を{仲よし時間}と呼んでいます。」死の直前に訪れる{仲よし時間}に人は何を語ってゆくのか。
本文の鎮魂歌という章を読んだときには止め処なく涙が頬をつたった。ある小児ガンの少年が息を引き取る前夜に両親、妹に別れを告げる内容である。子供のいる親としては耐えられない光景で、書いている今も目がにじむ思いです。死を身近に感じる年代になった今、よく生きる事がよく死ねる事という言葉の意味を強く感じる事が出来る。そんな思いです。

siniyukumono 死にゆく者からの言葉(文春文庫) 
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 あれから3日目、交番へ出向きいろいろ話をし奴の顔写真も確認したがどうやら拘留は本当の話だ。しかし、初犯なので軽いとの事。また因縁をつけに来るかも知れないし、全く懲りて来ないかも知れない。所詮人間のやる事だ、はなから信用してもいけない・・・ましてやこういう奴は信用は全く置けないのだ。修羅場は何度も体験したが懲りない奴は本当に懲りない。奴らは奴らなりの論理でやってくるので対抗しなくてはいけない。
まくし立てられていると相手のロジックにはまり、論理のすり替えに気が付かない。こちらも学習しよう。言葉の矛には言葉の盾が必要となる。
うわべの言葉ではなく言霊を入れて防御しなくては・・・

yakuzago 使えるヤクザ語実戦会話術(エビデンスコーポレーション情報センター出版局)
 やくざ崩れとの本格的対決は覚悟していた。でも平常心だけは保とうとも心に決めていた。あんな奴に悩まされてたまるか!と思う反面どうしようかと迷う・・・でも来てから悩めば良い。運を天に任せよう。
そんなある日{男の逮捕}の一報が携帯電話に入った。警察が顔写真を持って来て確認していったらしい。まさか、そんなつくり話みたいな、嘘だろ?と何度も思った。詳細は判明しない。事実確認も未だ出来てはいない。何んなんだ・・・劇的な結末か?! つづく
blood
BLOOD+ (角川コミックス
こちらはどんな結末か?
 先日、店の前の通りで通行人同士が接触(軽く手が触れた程度)。片方の中年男がもう一人の初老男に食って掛かっているのを目撃した。その時私に何かわからんものが舞い降りたのだろう、とっさに「どうかしました?」と声を掛けてしまった。その瞬間から中年男との戦いが始まった。物凄い大声で怒鳴るしは訳が判らんおっさんなので管理事務所の人とガードマンに応援を頼んだ。それがまた気に入らないらしく怒鳴る。
結局は110番通報で警察を呼んだ。男はやくざ崩れのようで小指がない、しかし今は組の若い衆にも相手にされず相手ほしさにいつもぐだを巻いているらしい。あちこちで引っかかっては怒鳴っているらしく、こちらもそのついでみたいに引っかかった。警察が4人来てもおっさんのまくし立てる怒鳴り声に右往左往、特に犯罪らしきものはないので手が出せない。その日はなだめて帰らしたとの事。これで終わるわけはないと思っている矢先、翌日には店に怒鳴り込んできた。「あいつ(私のこと)をだせ!!」運良く休みであったがまた110番通報、警察介入。その後3日来なかったが4日目にまた怒鳴り込んでくる始末。只今現在進行形である。 つづく

yakuza ヤクザが店にやってきた(朝日文庫)
 ダ・ヴィンチ・コードが話題を呼んでいる中、静かに売れ始めた本がある。明日の記憶という表題でテーマは認知症、実に重苦しい内容で辛い。少し前までは痴呆症という残酷な病名であった。名前が変わっても病気は決して変わらないのであり、本人その家族には極論すると何の変化もない。私の母も80歳でその病気にかかり現在も進行している。かかって初めて健康な時の大切さが解るがそれは治る事が前提となった状況下での話であろう。記憶できない、記憶がなくなるという恐怖はいかばかりか私には解らない。少し前まで会話が成り立ったがあっという間に寡黙な人になってしまった。止めるすべもなく進行した病に何も出来なかった。ただ悔しさのみが残った。
 最近、ボケ防止の計算、音読、ぬりえが流行っている。本屋は大変恩恵を受けている。認知症の母がいる事とそのような本を売ることは全く別事なのだが何故か自分の中で割り切れない悲しさがある。

記憶 明日の記憶(光文社)
記憶2発刊当時は表紙も暗かったが映画化で前向き?になった
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